長い坂、その延長線上|庭文庫を営む百瀬実希さんが恵那でこどもを産み育てると決まったとき

寄稿

緑を浴びる子ども

恵那でこどもを産み育てると決まったとき、一番心配したことは、ここをその子の故郷だとおもわせてあげることができるだろうか、ということだった。

大学進学するまでの十九年間暮らした故郷沖縄の、あの海や歌や食べ物や法事がわたしを形づくっていると知ったのは、故郷を出てからだった。特に好きではなかった琉球民謡も、沖縄料理も、お菓子も、海しか見えない風景も、故郷にいるころはなんともおもっていなかったのに、大阪や東京で暮らすようになってから、自分の中に染み込んでいる音楽や伝統や風景に、わたしは何度も助けられることになった。嫌なことがあれば、沖縄に帰ってゼロからやり直せばいい、という気持ちがわたしをいつも強くした。

恵那のことは好きだけれど、わたしはこの場所の歌も、料理も知らない。伝統も。産まれてくる娘が、そんな母に育てられ、いつか故郷をおもいだしたときにどんなおもいをもつのか、それだけが気がかりだった。

そんな娘は、この前三歳になった。ひかり輝くようにかわいいわが子。産む前の心配は、杞憂だった、と今はおもっている。

わたしたちがお店をやっている庭文庫からは、美しい山と川の緑が見える。店と家の往復の間も視界の七割は緑だ。車内で彼女のほっぺたにはいつも緑色のひかりが映っている。

わたしがなにをしなくても、彼女はここの緑の光を存分に吸って大きくなるだろう。そしていつか、彼女に辛いことがあったとき、もしかすると嬉しいときがあったとき、この緑をおもいだすだろう。なにかあったら帰って来られる場所としての、恵那。わたしと夫と一緒に娘を育ててくれる、美しい緑のひかりに照らされたほっぺたを、わたしもきっと死ぬ前におもいだすんだろう。

百瀬実希/

1990年生まれ。沖縄生まれ沖縄育ち。一浪して大阪市立大学(現大阪公立大学)法学部に進学後、就職で東京へ出る。二年の東京暮らしののち、2016年に岐阜へ。2018年より夫とともに岐阜県恵那市笠置町にて泊まれる(古)本屋「庭文庫」運営中。


編集後記

前回に続き、庭文庫を運営されている百瀬実希さんに【恵那山のふもとからの寄稿】をお願いしました。夏の終わりに、ご主人の百瀬雄太さんに選書して頂いたなかに実希さんの二冊。妊娠中や産後のことにも触れており、出産の描写も実希さんの人柄に触れられたような気がします。

出産した誰もがそれぞれの物語を持っているものですが、今まで聞いたことのない表現がとても刺さっています。表題「いま」ですが、

長い坂、その延長線上の、楽しいこと

何度か庭文庫へ通いましたが、この一文に共感しました。長い坂をてくてくと庭文庫まで歩く時に「あぁそうかも」となんどか感じたことを思い出します。実希さんはもっと水野色を出していいと言ってくれ、もじゃもじゃの私の話を聞いてくれ、私の想いを汲んでくれたのか、【緑を浴びる子ども】を寄せてくれました。

子育てに全力で、季節のことなど感じる暇もない日々を過ごしている人の方が多いかもしれません。恵那での子育てはこんなにも光に満ちているということを、実希さんの言葉で表されているのがとても嬉しく、過去の私も励まされました。母になって忘れてしまったのか。下手になったのか。私の好きを伝えられる、表現していきたいと気付きをいただきました。

庭文庫https://niwabunko.com/

【恵那のふもとからの寄稿】は恵那、中津川に移住定住して下さった人々のなりわいに感謝したい、応援したいというおもいがあります。また、ここで産まれた人々、今は他の土地に根差し活躍している人々の紹介。スタートアップでこれからこんなことしていきたい!応援して欲しい!熱いおもいを伝える人々の場所としたいとスタートしました。 そんな私たちも応援して頂いています。この循環が大きくなってこの土地が豊かになりますように。次のクールの支援も始めました。シェアして頂けたら嬉しいです

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